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白馬乗鞍 ー自然に一番近い場所

手つかずの自然の中へ、深く、深く、入り込んでいくと、

子どもの頃の感覚が、ふいに蘇ってくる。

楽しさに時間を忘れ、夢中で遊んでいたあの頃。

人目を気にすることもなく、ただただ無心になっていたあの頃。

もうずっと昔のことなのに、心の奥底に眠っていた〝童心〟が、

にわかに目を覚ますのだ。

人は本来、自然の一部。だからきっと、

誰もが心のどこかで、自然を求めているのだと思う。

ありのままの自然にふれてこそ、人はありのままになれる。

それがいかに心地いいことか——

実際に、深い場所へと足を踏み入れてみなければ、それはわからない。

だから遠く、不便であるはずのこの場所にも、わざわざ人がやってくるのだろう。

ゲレンデにはペアリフトしかない。駐車場も少ない。

それでもなお、純粋に雪を楽しみたい人たちが、

そして技術を深く深く追い求める人たちも、

いつしか、この場所のとりこになっていく。

それはきっと、ここがどこよりも一番、「自然に近い場所」だから。

雪深く、静かな場所——「白馬乗鞍温泉スキー場」。

伊藤 剛

何しろローカルで、人が少ない──。そう聞くと、ネガティブに響くかもしれないが、白馬乗鞍というスキー場の最大の魅力はまさに、このことに集約されているといっていい。

北アルプスに10のスキー場が並ぶ「Hakuba Valley(白馬バレー)」の中でも、ここは最も雪深いエリア。途中、魅力的なスキーリゾートをいくつも〝素通り〟してようやくたどりつく、奥まった場所だ。

ひとことで言えば、遠くて不便。それでもなお、コアなスキーヤーたちが遠路はるばるやってくるのには、もちろん理由がある。

一つには、すいている分だけ人を気にせず思う存分に滑れる、ということ。もともと駐車場の規模自体が小さいが、それすらも埋まることはめったにない。当然、リフト待ちともほぼ無縁。バーンも一日中、まるで朝イチのようにきれいなままだ。

加えてもう一つ、周辺のスキー場が強風でクローズになっても、ここはスプーン状になった独特の地形によって、風から守られている。だから強風によるリフト停止などめったにない。

安定した条件で一日中、快適──。うまくなりたい人たちにとって、格好のトレーニング条件がそろっているのだ。

でも実は、それは白馬乗鞍の〝一つの顔〟でしかない。技術志向のスキーヤーにはあまりなじみがない、もう一つの顔──それはこの「きれいなグルーミングバーン」と「自然そのままバーン」が、スキー場に混然一体になっていること。うねった山の地形そのままの斜面が、あちこちにある。だから「バックカントリーはちょっとハードルが高い」という人でも、気負うことなくトライできるのだ。

山の自然を肌で感じる──。それは楽しいだけではなく、実は技術的にも、大きな気づきをもたらしてくれる。なぜなら、自然という変化に富んだフィールドに入っていくことで、技術を「地形から学ぶ」という経験ができるからだ。そして、それはその人の〝スキー観〟をも、大きく広げてくれる。技術を高めることとはまた別の次元の楽しさ、感動を体験できるのだ。

では具体的に、何が学べるというのか? 今回、ここ〝ハクノリ〟をベースに活動する田中が、初めて地元スキー場のオフピステへ。そこで体験したものを通して、「地形が教えてくれるもの」とは何かを探っていきたい。

さんざん滑ってきた場所に
僕の知らない世界があった

― 田中頌平

2度も立て続けに転んだら、普通なら心が折れそうになるけれど、この日はどうしたことか、笑いが止まらなくなっていた。

滑ったのは、地元で通称〝銀河〟と呼ばれるツリーエリア。地元の友人でプロスキーヤーの大池拓磨くんにわれ、初めてこの場所を訪れた。僕自身は、普段オフピステに入ることはほとんどない。恐怖心を悟られないよう、思い切って飛び込んだら、見えないやぶに突っ込み、いきなり雪まみれになってしまったのだ。

2歳からずっと、ハクノリで滑ってきた。学生時代までは競技スキーをやっていて、その後は技術選に出て。でも、こうして雪まみれになった瞬間、はたと思った。スキーしていてこんなに笑ったの、いったい、いつぶりだろう──。

ときは甲信越予選を目前に控えた1月中旬。前日まではガッツリ、外脚に乗る練習をしていた。でも、パウダーの滑りには、教科書はないのだと、拓磨くんは言う。うまく滑ろうなんて思わなくていい。うまいかどうかより、自由に楽しんでいるヤツが、結局、一番カッコいいんだと。

それは確かによくわかる。技術がどうとか、そんなことより、雪そのものが単純に楽しいからだ。でもやっぱり、心の中ではちょっと悔しい。何が違うのか? 彼の滑りをひそかに観察すると、いろんなことが見えてきた。

僕らは普段、しっかりとエッジングして深くターンしようとする。でも彼はもう少し、スキーを下へ下へと積極的に落としているように見える。エッジというよりはスキーの面を使って、優しく、優しく──。試しにそんなイメージで滑ってみると、スキーがふわっと浮き上がってきた。

もう一つ、感じたことがある。僕らは普段から、自分自身の技術と懸命に向き合っている。でもこういうところにくると、滑りよりもむしろ斜面そのものが、ものすごく気にかかる。だって、自然は何があるかわからないから。その怖さもあって、目の前にある雪や地形を、すごく意識してしまうのだ。

実際、オフピステは部分部分で状況がまるで異なる。吹きだまっていたり、そうでなかったり。雪が軟らかいかと思うと、その向こうはクラストしていたり。じゃあ、どう滑るのか?

聞けば、滑り出す前にどこでどうターンするのかを、かなり具体的にイメージしているのだという。自然の山では、行き当たりばったりでは危険を伴うこともあるからだ。

でも、ふと思う。それって、実は整地でも同じなんじゃないか? 一見、平らに見えるバーンでも、実はわずかに傾いていたり、うねっていたり。日陰か日なたかでも、雪質は大きく変わってくる。大会や検定ではどうしても、ジャッジからどう見えるかが気になる。でももっと、斜面そのものにピントを合わせていけば、ミスも減ってパフォーマンスが上がるんじゃないか──。

幼いころからずっと、このハクノリで滑ってきた。でも、まだまだ僕の知らないハクノリがある。さんざん滑ってきた場所に、こんなに発見があるなんて──。自然はとても懐が深い。だからスキーも、奥が深いのかもしれない。

フリーライダーというと、いろいろな山へ行って活動するのが普通だが、その点、大池拓磨はちょっと異色だ。日々、滑る場所はもっぱら乗鞍。自ら主宰するフリーライドの大会も、舞台はやっぱり乗鞍だ。

なぜなのか? それはひとえに、この場所が好きだから。人が少なく、雪がしんしんと降るこのスキー場は、何しろ〝遊び〟が尽きないのだという。

秘密は、その独特の地形にある。スキー場全体が湾曲していて、北向き、南向き、いろいろな斜面がある。当然、方角によって雪質もさまざま。スキーを履けば、そんな豊かな自然と自在にコミュニケーションが取れるという。

たとえば、パウダー。ふわふわの感触に身をゆだねていると、いつしか無心になる。そして自分自身がまるで山の一部になったような感覚になるのだ。

スキーという道具を使えば、こんなふうに自然と一体になれる──その高揚感こそ、スキーがやめられない理由だと彼は言う。

乗鞍の魅力は、そういう素晴らしい体験ができる場所が、とても身近にあること。距離の短いパウダーや非圧雪バーンがいくつもあって、それが日によって、時間によっても変化する。だから人が集まると、もっぱら話題になるのは、「今、このタイミングでおもしろい場所はどこか?」ということ。そうやって、ここが好きでたまらない人たちが、自然に集まってくるのだ。

乗鞍を楽しむコツは、まさにここにある。何しろこのスキー場はリピーターばかり。誰かに聞けばきっと、「ここがおもしろいよ」と、おいしい場所を教えてくれるはずだ。

さあ、今日はどこへ行こうか? この楽しさ、一度でも味をしめたら、きっとハマるに違いない。

たなかしょうへい1985年11月23日生まれ、長野県小谷村出身。実家のある白馬乗鞍温泉スキー場で2歳からスキーを始め、ジュニア時代から大学を卒業するまで競技スキーに打ち込む。2009年より基礎スキーに転向し、2012年に決勝へ初進出。その後、毎年40〜50位前後をキープしている。選手およびスキー講師としての活動に加え、2021年よりホームである白馬乗鞍温泉スキー場のプロモーションに携わっている。小谷村スポーツ協会スキークラブ所属

おおいけたくま1984年10月11日生まれ、北海道函館市出身。立つのと同時にスキーをはじめ、中学時代からモーグル競技に没頭。大学時代にフリースタイルモーグルA級公認大会優勝の実績を残す。その後バックカントリーに出合い、自然と一体化する喜びを知る。アメリカ各地、アラスカなどでパフォーマンスを磨き、プロスキーヤーに。現在は白馬乗鞍温泉スキー場のゲレンデサイドで宿を営むかたわら、スキーガイドやキャンプガイドなど幅広く活動している

写真:伊藤 剛 / 文:佐藤あゆ美